天才・武豊という騎手にとって
1番思い入れのある馬はどの馬?
初のGI勝利スーパークリーク?
競馬ブームを巻き起こしたオグリキャップ?
自身初のダービー勝利のスペシャルウィーク?
自身初の三冠馬ディープインパクト?
北島三郎の愛馬キタサンブラック?
落ち目の晩年を救ったドウデュース?
数えきれないほどの名馬に乗ったレジェンドだし
ファンであってもその答えは満場一致しないだろう
本当の答えは本人以外は分からないが
その答えに最も近い2頭がいる
それがテンポイントとサイレンススズカだ
ポイント
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天才・武豊とテンポイントの絆
僕が尊敬する石橋守さんについて
石橋守さんは僕の兄と同級生で、
まだ厩舎に住んでいた頃、家が近所だったので
幼稚園の頃からよく遊んでもらっていました。
僕は兄達とは違い勉強が嫌いな子供で
よく母から叱られては外に閉め出されていたので
守さんはいつもそんな僕の事を
気にかけていてくれました
夜になると馬も眠ってしまうので
近所の厩舎を歩き回り、
起きている馬はいないかなぁと
よく探し回りました
そんな時に必ず起きているのが
テンポイトでした
テンポイトには
朝毎日ニンジンをあげに行っていたのですが
夜僕が来る時間でも起きているんです。
馬房の前に行くと、鼻面を寄せて来てくれました
それが嬉しくてテンポイトに話し掛けて
今日あった出来事を話したりしてたんです
するとテンポイトは
まるで理解をしている様な仕草を見せるんです
それが可愛くて僕は何度か
泣きそうになっていたのを覚えています…
どうしていつも泣きそうになっていたのか、
今思うと1人で寂しかったからなのか、
よく当時の感情が思い出せません
そうやって過ごしているうちに
いつの間にか夜遅くなり、帰り道を歩いていると
必ず守さんが道の途中で待っててくれてたんです
『豊、帰るぞ』と言って
僕が何処か遠くに行ってしまわないか
心配をしてくれてたみたいです
子供時代の僕は、兄に比べ存在感が無くて
目立たない子供でした
怒ったり泣いたりする事も無かった様に思います
父はまだ騎手だったので、
帰りも遅く家に居ない時が殆どでしたね
夜中に酔って帰って来る事が多く
母が手を焼いていたのを思い出します
そんな中で、父のレースをテレビで見てる時が、
楽しい一時でした
でも応援していたのは洋一さんです
これは父に言った事はありませんが
いつも洋一さんを見て
カッコイイなぁとワクワクしていたんです
そういう競馬を真近に見れる環境に恵まれて
本当に良かったと思います
いつの間にか、僕もあの馬上に乗りたい
と思う様になり騎手になる事を自然に決めました
そして僕の大好きなテンポイトの様な馬に乗りたい
といつも思っていた子供時代でしたね
幼少時の武豊は母親の教育方針に苦しむことも多く
辛い事を何でも聞き入れてくれた
栗毛の名馬テンポイントこそ武豊にとっての
ヒーローであり、救いだった
しかしご存じの通り
テンポイントは1978年の日経新春杯での骨折で
予後不良となって他界している
幼少時の武豊は
予後不良直前のテンポイントを見て泣き喚いた
子供武豊
「どうしてテンちゃんは
あんな紐に繋がれて縛られてるの?」
「動けなくて可哀想だよ…父さん、どうして?」
「もう最後かもしれないんだから
自由に動けるようにしてあげてよ」
「僕の目を見て言ってきたんだ!
お願いだよとおさん!
テンちゃんを自由にしてあげるよう言ってきてよ…」
武邦彦は一言も答える事ができず
静かに晩酌するしかできなかった
その後、テンポイントは予後不良で他界する
子供時代の武豊は
テンポイントの遺影をジッと見つめ続けた
その姿を見た河内は鳥肌が立ったと言う
「あんなに取り乱して泣きわめいてた子が…
そうか、この子は覚悟を決めたんや
死と向き合う覚悟を…」
この子が騎手になったらどうなるのか
天才のオーラがこの頃から滲み出ていたという
心の支えになるほど好きだった
テンポイントの死が幼き子・天才武豊を覚醒させた
武豊とサイレンススズカの予後不良
武豊の全盛期に1頭の名馬と出会う
テンポイントと同じ
目立つ流星を持った栗毛の名馬
異次元の逃亡者・サイレンススズカだ
始めてコンビを組んだのは
3歳12月の香港国際カップ
この時、5着に負けたものの
「この馬には逃げが向いている」と見抜き
それ以降、逃げて宝塚記念を含む6連勝の快進撃
金鯱賞(GII)では前半58.1秒で逃げて大差勝ち
2023年のインタビューでは
当時のレースを振り返り、このように語っている
「重賞であんなレースをして
勝ってしまう馬ってなかなかいない
こういう馬っているんだなと思いました
自信が確信に変わったレースでした」
逃げて差す、最強の走り
天才・武豊が思うサラブレッドの理想形
それがサイレンススズカという馬だった
しかし、1998年の天皇賞秋
前半1000mを57秒で快速逃げする
サイレンススズカと武豊だったが…
府中競馬場の大欅の向こう側付近で
レース中に故障してしまい予後不良となった
「悪夢としか言いようがない」
「骨折をして転倒をしなかったのは
僕を守ってくれたからかもしれない」
「泥酔したのはあのときが初めて」
普段、大きな感情表現をしない
ひょうひょうとした雰囲気のある男が
この日ばかりは一晩中泣いたという
武豊の思い入れのある馬まとめ
幼き頃のヒーローであり
心の支えがテンポイント
全盛期を迎えた頃に出会った
理想のサラブレッドがサイレンススズカ
奇しくも両者共に
流星を持つ栗毛の名馬であり
レース中の故障(骨折)により
安楽死処分が下された馬だ
サイレンススズカの予後不良の時
人生初めて泣きながら泥酔した
メンタルが強すぎる天才ジョッキーが
ここまで取り乱したのは
幼き頃に憧れ心を救われたテンポイントと
サイレンススズカを重ねていたからかもしれない
以上の理由により
武豊の最も思い入れのある馬は
テンポイント・サイレンススズカだと思われる


